ヒオス島 ネア・モニ 〜1〜
View of the Nea Moni

ヒオス市(ホーラ)から、東の方に13キロほど行った所にある修道院。1990年ユネスコから世界遺産に指定された。

ギリシャ語で「モニ」(アクセントが「ニ」にあるので「モニー」と聞こえる)は修道院、「ネア」は新しいという意味の形容詞の女性形。

行き方: ネア・モニまでの公共交通手段はない(週に一度だけバスがあると私のガイドブックに書いてあるが、これについてはよく分からない)。車がない場合は、1)タクシーで行く、2)ヒオスにある旅行会社のツアーに参加する、3)ツーリスト・インフォメーションがやっている週に一度の無料ツアーに参加する(夏季のみ)、という方法が考えられる。

モザイク

今回私たちが訪れた時には、残念ながら、主教会(カトリコン)が修復中で、中も外も見られなかった。上に写っているのは、窓からわずかに見えたモザイク。この後、礼拝のため、特別に中に入ることができたのだが、足場のせいで壁面はまったく見ることができなかった。


創建にまつわる伝説

カトリコン教会
カトリコンの後陣を外側から見たところ
 伝説によれば、この修道院は、ニキタス、ヨアニス、ヨセフという名の修道士が、聖母マリアの奇跡のイコンを発見した場所に建てられた。三人は、プロヴァティオ山に住む修道士であったが、ある夜、東側の中腹に不思議な光が現れたのに気付いた。いぶかしく思った三人は、この場所に火を放った。火は周辺を焼き尽くした後、突然鎮火したが、ミュルトスの木一本が無傷で残り、その枝には聖母マリアのイコンが掛かっていた。

 修道士たちは、イコンを自分たちの住む洞窟に持ち帰って崇めていたが、何度もって帰っても、ミュルトスの木の下に戻ってしまうため、修道士たちはその場所に礼拝堂を建ててイコンを安置した。これが、ネア・モニに対する、パリア・モニ(古い修道院)の起こりである。

 ある時、聖母は修道士に、当時レスヴォス島に流刑になっていたコンスタンティノス・モノマホスが皇帝になるだろうと予言した。彼らがこのことをコンスタンティノスに伝えると、彼は、もしそれが実現した暁には、修道士に褒美を与えようと言った。しかし、修道士たちは褒章ではなく、聖母のために教会を建てることを勧めた。

教会の外壁
 その二年後である1042年、コンスタンティノスは、コンスタンティノープルに呼び戻され、皇帝として即位する。コンスタンティノスは約束を守り、首都から最高の職人と技術者を派遣して、聖母に捧げた教会を建造させた。建設には十二年を要し、皇帝が死去した後は、その未亡人によって建築が続けられた。これが、ネア・モニ創建の伝説である。
 1822年に起きたヒオス島の虐殺の際、ネア・モニは放火され、被害を受けたが、この時も聖母のイコンは燃えることなく無事に残った。
 この写真はカトリコン(修道院の中にある主教会のこと)の外壁。修復中だったので、教会の外壁が露出しているのはこの部分だけだったが、ロープが張ってあって、近づくことができなかった。

猫
 お約束の猫写真。暑いので、木陰に隠れていたところを撮影。

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