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ミケーネ遺跡: 円形墓A
Grave Circle A
Circle Grave A
 竪穴式の巨大墓で、前十七世紀の終りか前十六世紀初めから使用され始めた。直径約28メートルある。

 1876年にハインリッヒ・シュリーマンが発見、発掘した。ミケーネのほかの墓と違って盗掘を受けておらず、黄金製のものを含む大量の副葬品が発見された。ホメロスはミケーネを「黄金に富むミケーネ」(XI 46)と呼んでいるが、円形墓Aの発掘により、奇しくもその呼称が裏付けられたことになる。

Agamemnon's mask
 発見された財宝のあまりの見事さに、シュリーマンはアガメムノンの墓を発見したと思い込んで、ギリシャ国王にそう電報で知らせたという有名なエピソードがある。しかし、その後の研究で、この墓はトロイア戦争よりも以前のものであることが明らかになっている。

 発見された黄金の合計は14キロにも及び、有名な「アガメムノンのマスク」も円形墓Aの副葬品の一つ。財宝の大部分は現在、アテネの国立考古学博物館のミケーネ室に展示されている。ここに写っているのは、ミケーネの博物館に展示されている「アガメムノンのマスク」の複製で、本物はアテネにある(本物はこちら)。

grave stela
 ここに埋葬されていたのは9人の男性、8人の女性、赤ん坊1人、性別不明の一人の計19人。彼らが極めて富裕で有力な人物であったことは間違いないが、どのような関係にあり、どうやってこの富を蓄積したのかは分かっていない。

 それぞれの墓の上には、このような墓石が置かれていた(真ん中の穴は後から開けられたもので、もともとはなかった)。上に描かれているレリーフは、狩の様子であると見られる。このようなレリーフがあるのは男性の墓のもので、女性の墓石には彫刻がない。

 アテネの国立考古学博物館には、これより保存状態のいい石碑が四枚展示されている。
Circle Grave A
円形墓Aへの入り口(2008年夏、2009年夏には立ち入り禁止だった)

 この墓が造られた当時には、城壁の外側にあったのだが、前十三世紀半ばに新しい城壁が造られた際、内側に囲い込まれた。このことは、埋葬が行われなくなって三世紀以上を経ても、この墓が当時の支配者にとって重要なものだったことを意味している。

 墓の周囲は、左の写真に見られるように、二列の石版の列で囲まれている。かつては、この間に土砂が詰められ、さらに上から石の板を被せてあったらしい(左の写真でも、一枚だけ覆いの板が見える)。


参考文献

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