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ミケーネ遺跡: 「アトレウスの宝庫」
Treasury of Atreus
 この遺跡だけは、ミケーネのメインの遺跡とは300メートルほど離れた別の場所にあり、チケット・コントロールも、駐車場も別になっている。
Dromos of tomb
 「アトレウスの宝庫」もしくは「アガメムノンの墓」と呼ばれるこの墓廟は、ミケーネで見つかった9つのトロス墓(トロス墓については下記参照)の中では最も保存状態がよく、また最も大きい。造られたのは前1350〜1330年頃とみられる。

 二世紀にミケーネを訪れたパウサニアスは、この遺跡を「アトレウスの宝庫」と呼んでいる(II. xvi)。しかし、この墓をアガメムノンやアトレウス(ペロプスとヒッポダミアの息子で、アガメムノンとメネラオスの父親)と直接結びつける根拠はなく、通称は全く仮定的なものである。

 右はドロモス(墓に通じる通路)部分に使われている巨大な石材。ドロモスの長さは約36メートル、幅は6メートル。

Tholos
 これが墓(トロス)の内部。内部が蜂の巣(トロス)を思わせることからこの名前がある。

 トロス墓というのは、円形で、天井がドーム状になった墓室と、そこに至る通路(ドロモス)が組み合わされた墓のことで、ギリシャ全土では100ほど、ミケーネでは九つが確認されている。ミケーネでトロス墓が作られたのは前1520年から1300年頃で、九つの墓のうち六つは1520年から1450年の間に造られた。従って、「アトレウスの宝庫」はミケーネのトロス墓の中では比較的新しい。

 内側のリンテル(入り口上の梁)に使われてる巨大な石材は、長さ8メートル、幅5メートル、厚さ1.2メートルで、推定重量は120トンもある。その下の入り口は、一対の木の扉で閉ざされていた。その上の三角形に開いている部分も、飾り石板でふさがれていた。扉の外側は、かつて円柱で飾られおり、そのうちの一本を大英博物館が所蔵している。

 トロス墓の内部は、直径が14.5メートル、天井の一番高い部分は13メートル。石の列が上に行くほど狭まってゆく構造は、エスキモーのイグルーを思い起こさせる。

 石材に残る釘の跡から、壁には装飾物が取り付けられていたと見られる。ミケーネの人々は、死者が何らかの形で、ここで生き続けると考えたのだろうか。だとすると、死後は地界に降りて行くと考えていた後代ギリシャ人とは考え方が異なる。
Tomb of Atreus
 墓の内部北側には、墓への入り口を小さくしたような入り口があり(写真右)、一辺が8.25メートルある正方形の部屋につながっている(私が訪れた時には立ち入り禁止だった)。このような小部屋のついた墓は、ミケーネではこれだけだが、オルコメノスの「ミニアスの宝庫」など、別の場所では類例が見られる。

 これを含め、ミケーネのトロス墓は全て盗掘されているため、副葬品は見つかっていない。


 登ってはいけないとは書いていなかったので、せっかくだから上まで登ってみたのだが、かなり高い。3000年以上も前に造られた建造物の上に立つのはいい気分だったが、やっぱり怖い。


参考文献

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