『ギリシャへの扉』 > ギリシャの旅 > レスヴォス島
レスヴォス島
ミティリーニ
 レスヴォス(ミティリーニ)島は東エーゲ海諸島の島々のひとつで、古代ギリシャの女流詩人サッフォーの出身地として、また、ウゾ(アニスで香りをつけた蒸留酒)、オリーブ、鰯および鰯加工品生産で有名。

 上の写真はミティリーニの町の風景。

Victory of Mytilene
ミティリーニの港近くに立つ勝利の女神像

 サッフォーは女性への愛を歌った女性詩人であるため、女性同性愛者は英語でレズビアン(「レスボス島の」という意味)と呼ばれるようになった。レスヴォス島住民はこれを嫌い、島の名前を、島の首都と同じ名前ミティリーニに変えてしまった。このため、ギリシャにおけるこの島の公式名称はミティリーニである。しかし、英語や日本語では古い名前のまま知られている。ちなみに、「レスボス」は古代ギリシャ語読み、「レスヴォス」は現代ギリシャ語読みである。

  <行き方>
 ヘレニック・シーウェイズ、NEL、ANEKなどのフェリーがピレウスの港から出ている。2009年の8月には、Hellenicのデッキ席が36.50ユーロ、NELのデッキ席が27ユーロだった。所要時間は10時間から12時間。夜に出発して早朝に着く便が便利。
 空路ならばAegean航空やOlympic航空がアテネとミティリーニ空港を結んでいる。

<神話と歴史>
 ギリシャ神話では、「レスヴォス」という名前は、島の支配者だったマカレウスの娘ミュティムナと結婚したテッサリアの英雄で、ラピトスの息子であるレスボスに因むとされている。
 太陽(ヘリオス)の息子だったマカレウスには、五人の娘ミュティレネ、メテュムナ、イッサ、アンティッサ、アリスウェと、四人の息子エレッソス、キュドロラオス、ネアンドロス、レウキッポスがいた。古代レスボスの主要な都市は、マカレウスの子供たちの名前を冠している。
 前3300年にはすでに人間が住んでいたことが考古学的に確認されており、この時代からミケーネ時代に至るまで、トロイアと同じ文化圏にあった。ホメロスは、レスヴォスがトロイア側に立って戦ったとしており、また、アキレウスとアイアクスがパラミデスを葬ったのがこの島であることになっている。
 紀元前11世紀の終盤から、レスヴォスはペンティロス朝の僭主によって支配され、小アジアとの交易で繁栄した。僭主制は、前659年に人々が反乱を起こすまで続いた。レスヴォスは高い文化を誇り、前7世紀には楽人テルパンデロスと詩人アリオンを、前6世紀には七賢人の一人ピッタコス、詩人アルカイオスとサッフォーを輩出した。
 前527年(前492年?)にはペルシャの支配下に入るが、第二次ペルシャ戦争でアテネ側に立って戦い、前479年には自由を取り戻した。ペロポネソス戦争では、メティムナを除く諸都市が、スパルタの支援でアテネの支配から逃れようとしたため、前427年アテネの連合軍に制圧された。レスヴォスはその後もアテネとスパルタの支配下を行き来するが、マケドニアのアレクサンドロスが台頭してくると、マケドニア側に立ち、アレクサンドロスの死後にはプトレマイオス朝エジプトの支配下に入った。
 前88年、レスヴォスはローマの支配下に入る。ローマとレスヴォスとの戦いでは、ユリウス・カエサルがミティレーネ包囲戦に参加している。前62年、ポンペイウスはレスヴォスを訪れ、ミテイレーネの歴史家テオフラストスと友人だった彼は彼の町に自治権を与えている。当時のミティリーニでは学芸も盛んで、雄弁家のレボナクスとその息子のポタモン、レスボクレス、詩人のクリナゴラスを輩出している。70年、ウェスパシアヌス帝治下で、レスヴォス島は様々な特権を失うが、ハドリアヌス帝の治下で回復された。
 ビザンツ時代、レスヴォスは流刑の地として使われ、809年には皇后エイレネがここに流された。九世紀以降はイスラム教徒の攻撃に悩まされ、島民は海岸線から離れた場所に移り住むようになる。1204年にはラテン王国の一部となるが、1247年、ニカイアのビザンツ人が取り戻した。13世紀の終りにはカタラン傭兵団に攻撃され、1354年、ヨハネス・パレオロゴスは、帝位を取り戻すのを助けてくれたジェノヴァ人フランチェスコ・ガッティルーゾに、姉(妹)マリアを嫁がせ、嫁資としてレスヴォスを持たせた。その後一世紀、レスヴォスはガッティルーゾ家の支配の下で栄えるが、1462年にはオスマントルコの手に落ち、1912年までその支配下に留まった。1923年の人口交換では、多くのイスラム教徒住民が排除され、トルコからのキリスト教徒住民が移り住んだ。

<島の特徴>
 レスヴォス島は、クレタ、エヴィア(エウボイア)に次いでギリシャで三番目に大きな島。ギリシャの島にしては水が豊富で、緑が豊か。海に入れない時期でも、トレッキングを楽しむことができる。

 有名な観光地は島の西部にある「化石の森」、また、日本人にはあまり縁がないが、聖ラファエル修道院、大天使教会、リモノス修道院アギアソスの聖母教会など、ギリシャ正教聖人にゆかりの聖地が多い。夏には、鰯祭りやウゾ祭りが各地で催される。

<参考文献>
ページのトップに戻る


copyright notice