聖母マリア


 正教会において聖母マリアは「神の母(テオトコス)」として崇拝されています。この呼称は、すでに三世紀から使用されており、431年の第三回公会議(エフェソス)で正式に認められました。マリアはその他にも、「アイパルテノス(永遠の乙女)」(同じくエフェソス公会議より)、「パナギア(全てにおいて聖なる者)」(553年コンスタンティノポリス第五回公会議より)とも呼ばれます。

 神の母という呼称が公会議で扱われる問題となったのは、マリアが産んだのは神ではなく、キリストの人間としての部分だけだと考える人がいたからです。つまり、マリアはキリストの人間の部分だけを産んだのであり、「人の母」、「キリストの母」であるに過ぎないというわけです。こう考えた人の一人がコンスタンティノポリスの大主教であったネストリオスでした。ネストリオスの反対派であった、アレクサンドリア大主教キュリロスは、ネストリオスはキリストの中に人間と神の二つの位格(persona, hypostasis)を区別していると批判し、キリストの人性と神性は不可分であり、その意味でマリアは「神の母」であるといって正しいというものでした。

 キュリロスの後にアレクサンドリア大主教となったデォオスコロスは、キリストにはひとつの本性(physis)しかないと主張しました。この考え方は単性論と呼ばれます。この表現は、キリストの人性を否定するように聞こえるため、多くの神学者たちには受け入れがたいものでした。そのため、451年カルケドンの公会議は、キリストは単一の位格(persona, hypostasis)であるけれど、人性と神性の二つの本性において存在しているという表現が採択されます。この考え方は二性論と呼ばれ、正統の教義となりました。しかし、シリア、アルメニア、エジプト、エティオピアの教会は「二つの本性において」という表現を受け入れることができず、いわゆる単性論教会として離れてゆきました。

 聖母マリアはすべてにおいて神聖であり、地上の罪はまったくありません。しかし、カトリック教会とは異なり、正教会では聖母マリアが原罪なしに生まれてきたとは考えていません。マリアに原罪がないとすると、マリアが完全な意味で人間ではなかったということになり、ひいてはキリストの人間としての側面を損なうことになるからです。カトリック教会の中でも、「無原罪」がドグマになったのは十九世紀半ばのことであり、長い伝統があるわけではありません。

 聖母マリアは、他の人間とは異なり、「眠りにつかれた(マリアは「死んだ」とは考えられていません)」後、直接天に召されました。したがって、死体も存在しません。聖母マリアの「お眠り」のことは、英語でDormition、ギリシャ語でKoimesis(現代ギリシャ語では「キミシス」と読む)と呼び、八月十五日がその祝日となっています。これに先立つ二週間は断食期間で、告白をして、聖体拝領(コムニオン)を受けなければなりません。

参考文献


前ページに戻る

copyright notice