断食


 正教会のカレンダーには、食事制限をしなければならない日が何日もあります。イスラム教徒のように全く食べなくなるわけではないので、正確には断食ではないですが、食べられる物がかなり制限されます。教会が定めたとおりの食事制限をする平信徒(聖職者以外の信徒)は少ないと思われますが、多くの人が何らかの形で実行しています。特に、四旬節(=レント)初めの一週間と、復活祭前の一週間(聖週間)には、食事制限をする人が多いです。

 食事の制限は、初期キリスト教時代にまで遡り、ユダヤ教で行われていた習慣の一部を引き継いだものと考えられています。

 断食期間中に制限される食べ物は、動物性たんぱく質、すなわち肉、魚(甲殻類、貝、蛸、そしてなぜか魚の卵は除く)、卵、牛乳と乳製品です。オリーブオイルやワインすら禁じられる日もあります。肉を食べないこと自体はそれほど難しくないのですが、乳製品をすべて排除するのがけっこう難関で、牛乳の入ったパンや粉乳が入ったチョコレートなどをうっかり食べないよう気をつけなければなりません。ですから、ギリシャ人の中には、排除するのを肉だけにしてしまう人もいます。

 最近は、植物性のハンバーグやマーガリン(植物性)なども存在しますが、肉やバターをこれらのもので代用することは断食の精神にもとるので、勧められていません。また、いくら許されているからと言って、海老、かに、蛸・イカを毎日食べるでは、逆に食生活が贅沢になる可能性もあり、それもまた断食の精神にはそぐわない行動です。さらには、食生活にあまり神経質になるのも、食に執着しているのと同じことになってしまうので、中庸の精神を忘れてはならないという人もいます。こうしたことを考えると、現代の食環境の中で正しく断食をするのは容易なことではないわけです。

 正教徒が食事制限をするのは、1)四旬節(復活祭前の七週間)、2)ペンタコスタ(復活祭の五十日後)の八日後の月曜日から、聖ペトロとパウロの祭日の前日である六月二十八日までの一週間から六週間、3)聖母マリアのお眠りの日である八月十五日前の二週間(八月一日から十四日まで)、4)クリスマスまでの四十日間(十一月十五日から十二月二十四日まで)です。十字架の祝日(九月十四日)、洗礼者ヨハネ断頭の日(八月二十九日)、エピファニア(一月六日)のそれぞれの前日も断食日です。それらの期間以外も、一週間のうち水曜日と金曜日は食事制限しなければなりませんが、これは、クリスマスから一月六日のエピファニアまで、復活祭からの一週間、ペンタコスト後の一週間は行う必要がありません。この二日間が断食の日である理由は、ユダがキリストを裏切ったのが水曜日で、キリストが十字架に掛けられ「死んだ」のが金曜日だと信じられているからです。これらの断食期間の中でも特に強く勧められているものと、それほどでもないものがあり、どれを守るかは、人によってまちまちです。

 子供、病人、妊婦、体の弱った老人は、食事節制を免除されています。また、医師から食事節制を止められた人も同様です。

 食事制限は大変ではあるのですが、これには肉体の欲望をコントロールする目的があるので、やり遂げた時はもちろん、やっている途中もそれなりの満足感が得られます。また、日本人が正月を迎える前に大掃除をしたり、お盆に墓参りをしたりするのと同じで、季節行事的な趣もあります。この行事に参加することで、正教徒としての団結感にもあずかれます。このような理由から、結構めんどくさいながら、何らかの形で実行する人は少なくないのです。


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