皇帝アントニヌス・ピウスとファウスティナ神殿
Temple of Pius and Faustina
『イタリアへの扉』ローマとラツィオ > アントニヌス・ピウスとファウスティナの神殿

[所在地] フォロ・ロマーノ ローマ ラツィオ イタリア Foro Romano Roma Lazio, Italia

Temple of Pius and Faustinaこの神殿はもともと、アントニヌス・ピウス帝が、140(141?)年に死去し、その後元老院によって神格化された妻ファウスティナのために建てたもの。そして、161年に死んだピウスも、追ってこの神殿に祀られた。アルキトラーヴェの部分に読める碑文も、下に読めるDivae Faustinae ex S.C.(元老院決議により神格化されたファウスティナへ)の方が先に書かれ、その後、帝の死後に、フリーズの部分を削り落として、「Divo Antonino et(神帝アントニヌスと)」の部分が加えられた。

ファサードには、緑色の石でつくられた六本の円柱が並び、白色大理石で造られたコリント式の柱頭で飾られている。ポルティコの側面にはさらに二本の円柱が並ぶ。円柱の高さは17メートル。

側面の円柱の上には、大理石のフリーズが残る。グリフィンと植物のモティーフが描かれている。

神殿の基壇となっている部分は、凝灰岩でできている。たくさんの穴が開いているのは、中世に金属の素材を取り出そうとしたため。この凝灰岩の部分は最初から露出していたわけではなく、もともとは大理石の板が張られていた。

神殿のケッラ(内陣)があった部分に建てられているのは、サン・ロレンツォ・イン・ミランダ教会である。これはバロック時代(1602年)の建造であるが、七世紀か八世紀には既に教会に転用されていた。

正面にある階段は、現代のレンガを混ぜて再建されたもので、これももともとは大理石でできていた。階段の途中にあるものは祭壇。正面円柱の間に置かれているのはファウスティナの坐像である。

参考文献

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