セプティミウス・セウェルスの凱旋門
セプティミウス・セウェルスの凱旋門
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[所在地] フォロ・ロマーノ ローマ ラツィオ イタリア Foro Romano Roma Lazio Italia

セプティミウス・セウェルス帝の凱旋門は、高さ20.88メートル、幅23.27メートル、奥行き11.20メートルと、ローマに残る三つの凱旋門の中では二番目の大きさである。195年に建設が始まり、203年に終わった。

Triumphal Arch of Septimius Severus, inscription
 現在、凱旋門に読める碑文(CIL VI 1033= ILS 425)には、この凱旋門がセプティミウス・セウェルス帝と息子カラカッラ帝に奉献されたことが記されている。もともとはセプティミウス・セウェルスのもう一人の息子ゲタの名前もあった(上から四行目の少しへこんで見える部分)のだが、カラカッラに殺害された後、名前を消去され、上から別の文字が書き加えられた。なお、文字の部分は全て凹状になっているが、これは、金属でできたアルファベットが埋め込まれていたため(現在は残っていない)。

「皇帝、カエサル、マルクスの息子、ルキウス・セプティミウス・セウェルス、敬虔なる者、堅忍不抜なる者、アウグストゥス、祖国の父、パルティアの勝者、アディアベネの勝者、大神官、護民官権力十一回目、最高司令官歓呼十一回目、コンスル三度目、予定コンスルに。そして、皇帝、カエサル、ルキウスの息子、マルクス・アウレリウス・アントニヌス、アウグストゥス、敬虔なる者、幸福なる者、護民官権力六回目、コンスル、予定コンスル、祖国に父に。最良にして最強の君主らに対し、国家を救済し、ローマ人民の支配域を広げた故に、そして、祖国におけると同時に異国においても顕著なる徳を示した故に、元老院とローマ人民が<この凱旋門を>贈る」。

「最良にして最強の君主らに対し」の部分が後から書き換えられたところで、以前は、P. Septimio Getae nobilissimo Caesari「プブリウス・セプティミウス・ゲタ、最も高貴なるカエサルに」とあった。
Arch of Septimius Severus
凱旋門はパルティアに対する勝利を記念するもので、大理石に彫られたレリーフには、その勝利にまつわる出来事が描かれている。ただ、保存状態が極めて悪く、何が細部はほとんど判別できない。
Arco di Settimio Severo, Bassorilevo
 凱旋門の表面と表裏八本の柱は、全てプロコンネソス産の灰色と白の大理石で造られている。しかし、内部構造はレンガとトラヴェルティーノ岩でできている。

 この凱旋門をつくるために、ロストラの一部が破壊された。

参考文献

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