サトゥルヌス神殿
サトゥルヌス神殿
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[所在地] フォロ・ロマーノ ローマ ラツィオ イタリア Foro Romano Roma Lazio Italia

Temple of Saturn
左がサトゥルヌス神殿、右の柱三本はウェスパシアヌスとティトゥスの神殿、その間に見えているのがコンコルディア神殿。右手の丘がカンピドッリオ
カンピドッリオ(カピトリウム)の麓に位置するイオニア式神殿。サトゥルヌス神殿とほぼ確実に同定されている。

最初に建造されたのは紀元前五世紀で、共和政期の神殿としては、ユピテル・カピトゥリヌス神殿に次いで最も古くから存在している。しかし、建物自体はその後、幾度も改築・再建された。国の資金を管理する金庫の役割を兼ねており、Aerarium Saturniがここにあった。

サトゥルヌス神殿
前42/3年、アウグストゥスは大富豪ルキウス・ムナティウス・プランクスにその再建を依頼した(cf. Suetonius, Augustus, 29)。プランクスは、元老院でオクタウィアヌスにアウグストゥスの称号を贈ることを発議した人物である(Suetonius, Augustus, 7)。その後、283年カリヌス帝下の火災で被害を受け、修復された。
現存するのは神殿正面と八本の円柱である。フリーズ部分に残る碑文には、Senatus populusque Romanus incendio consumptum restituit(ローマ元老院と人民が、火災で焼失した<この神殿を>再建した)と読める。従って、これらの部分はカリヌス帝の火災以降に再建されたものである。

Temple of Saturnプランクス時代に遡ると思われるのが、巨大な神殿の基壇で、トラヴェルティーノ岩でできている。

神殿が奉献された十二月十七日、ローマでは毎年サトゥルヌスの祭、サトゥルナリア祭が祝われた。

参考文献

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