ガイウスとルキウスのポルティクス
ガイウスとルキウス・カエサルのポルティコ
『イタリアへの扉』ローマとラツィオ > ガイウスとルキウスのポルティクス

現在はほとんど面影をとどめていないが、ここに、後12年(前2年?)アウグストゥスが二人の孫の名前で建造した「ガイウスとルキウスのバシリカ」があった。後ろに見えている建物は、バシリカ・アエミリア(バシリカ・パウッリ)。ここにはもともと、バシリカに接した商店街(タベルナエ・ノウァエ)があったが、アウグストゥスはこれを改造してポルティクスにした。この建築により、広場側からバシリカが見えなくなった。

ガイウスとルキウスのポルティクスポルティクスは二階建てで、商店が軒を連ねていた。

若者たちの第一人者であるルキウスに捧げられた碑文が南東の隅に置かれている。ガイウスに捧げられた同様の碑文も存在したが、現在では破片しか残っていない。

410年の火災で大きな被害を受け、その後、一部が建て直された。

参考文献

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