フォルム・ユリウムとウェヌス・ゲネトリクス神殿
ウェヌス・ゲネトリクス神殿
『イタリアへの扉』ローマとラツィオ > カエサルのフォルムとウェヌス・ゲネトリクス神殿

Forum Iulium
 フォルム・ユリウムもしくはカエサルのフォルムを、北西から撮影。左手に見えているのが、ウェヌス・ゲネトリクス神殿(基壇の核と三本の柱)、右側はまだ確実に同定されていないバシリカの一部。

 前54年、ユリウス・カエサルは、フォルム・ロマヌムとスブラの間の土地を、600万セステルティウスで買収、総額一億セステルティウスを費やしてこのフォルムを建造した(Cf. Cicero, Ep. ad Atticum, IV, 16, 8; Suetonius, Caes., 26; Plinius Maior, N.H. XXXVI, 103)。

 工事は前51年(前54年?)に始まり、ウェヌス・ゲネトリクス神殿と共に、前46年9月26日に奉献式がおこなわれた。しかし、この時完成していたのは神殿だけで、列柱廊を完成させたのはアウグストゥスであった(前29年)。

カエサルのフォルム  奥行き160メートル、幅75メートル(広場だけだと124 x 45メートル)で、総面積は1万2千平方メートルに及ぶ。これは、ほぼフォルム・ロマヌムに匹敵する広さである。しかし、列柱廊と神殿に囲まれた本来の意味での広場は、約4千平方メートルしかない。トラヴェルティーノ岩の舗装岩とコンクリートでできた神殿基壇の核、フォラム側に見える茶色の火山岩とトラヴェルティーノ岩でできた建物(列柱の奥)の下の階がカエサル時代の建造物である。列柱廊、神殿の基台より上の部分、列柱廊奥の建物の上の階などは、トラヤヌスのフォルム建設と時を同じくして、二世紀の初めにつくり直された。カリヌス帝治下283年の大火の後には、ディオクレティアヌスが修復をおこなった。

 ウェヌス女神はユリウス家の守り神であったが、Venus Victrixはポンペイウス・マグヌスが帰依する神であった。前48年ファルサロスの海戦でポンペイウスに勝利したカエサルは、ex votoとして、神殿をVenus Genetrixに捧げた。神殿のデザインは、フォルムのカストル神殿と似ており、正面に八本の円柱が並ぶ。しかし側面には、丘の地形に邪魔されたため、八本だけしかない。基台の高さは、カストル神殿同様5メートルで、演説壇(ロストラ)も組み込まれていた。

 現存する、神殿のコリント式円柱三本はトラヤヌス時代のもので、113年に完成した。円柱の高さは12.87メートルで、ルナの大理石でできている。この神殿に使われていたフリーズの断片の一つが、コンセルヴァトーリ宮のブラッチョ・ヌオヴォに収蔵されている。

 ポルティクスの三段階段と列柱は1934年に再建されたもの。御影石の柱身と白いコリント式柱頭はちぐはぐな印象を与えるが、後期帝政時代におこなわれた修復では既にこの状態だったのかもしれない。

参考文献

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