オスティア カルティリウス・ポプリコラの墓
カルティリウス・ポプリコラの墓
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 紀元前一世紀の末、アウグストゥスの治世の初め頃に建築された巨大な墓。参事会決議と市民の総意によって、カルティリウスとその子孫に捧げられている。市門の外にあること、子孫にまで捧げられていることから見て、墓であることは間違いないが、顕彰モニュメントとしての要素も大きい。

 もともと、周囲には何もなかったときに建造されたが、後に別の建造物に組み込まれ、地面に半分埋まったようになってしまった。発掘中に発見された部分から、正面部分だけが復元された。

 基台部分はトラヴェルティーノ石で造られ、主要な部分は大理石張りになっている。

海戦のフリーズ
 上部のフリーズには海戦と、船から上陸した兵士たちの戦いが描かれている。これが、どの戦いなのかは分からないが、カルティリウスが参加したものだったに違いない。

 正面中央には十六本のファスケスが描かれているが、カルティリウスは、八回オスティアの二人官をつとめた。うち、三回はcensorとして、すなわちduovir quinquennalisとして戸口調査に関わった。戸口調査は徴税の際のデータとなるものであり、住民にとっては、この調査が公平になされることがきわめて重要なことだった。従って、この調査を監督するケンソルに選ばれることは、住民からの信頼の厚さを示すものであり、選ばれる人にとっては大きな名誉であった。

Pu[bli]ce
[C(aio) Carti]li[o C(ai) f(ilio) Pop]licolae [---]
[---] libereis pos[terisque] eius
[decurionum decreto co]lonorumque consensu
primario viro pro eius merities
hoc [m]onumentum constitutum est
eique merenti gratia rellata est
isque octiens duomvir ter cens(or) colonorum iudicio
apsens praesensque
factus est
ob eius amorem in universos ab
universieis...
Humaniae M(arci) f(iliae)

(テクストは、現地案内板より転載)

参考文献

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