フィレンツェ サンタ・マリア・ノヴェッラ教会
サンタ・マリア・ノヴェッラ教会
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 フィレンツェ中央駅の名前にもなっているサンタ・マリア・ノヴェッラ教会。駅はこの裏に位置する。

facade
 もともと礼拝堂(九世紀)があったこの場所に教会が建てられたらのは1094年のことで、サンタ・マリア・デッレ・ヴィーニェ ( Santa Maria delle Vigne )という名前だった。

 1221年ドメニコ会がこの教会を付与され、1246年に、現在の教会の西側の建築が始まった。中央身廊の建築は1279年に始まり、設計にたずさわったのはシスト ( Sisto )とロストーロ ( Rostoro ) という名前の二人のドメニコ会士だと考えられている。十四世紀の半ば、修道士ヤコポ・タレンティの監督下で完成した。

 ファサードの下部は、トスカーナ・ロマネスク様式を代表するもので、上記のタレンティが設計したとされている。

herald
 ファサードの上の部分は、寄進者ジョヴァンニ・ディ・パオロ・ルチェッライの委託により、有名な建築家レオン・バッティスタ・アルベルティが設計した。壁龕のフリーズには、ルチェッライ家の紋章で風をはらんだ船の帆が埋め込まれている。ティンパヌム(ファサード一番上の三角形の部分)の下には、ジョヴァンニ・ルチェッライの名前と、1470年という象嵌碑文が読める(IOHANES ORICELLARIVS PAV.F.AN.SAL.MCCCCLXX)。

 ジョヴァンティ・ルチェッライの息子ベルナルドは、1461年、ピエトロ・デイ・メディチの娘ナンニーナと結婚しており、両家は姻戚関係にあった。

参考文献

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