イタリアへの扉>トスカーナ>サン・ロレンツォ教会
メディチ家からの委嘱により、ブルネッレスキが1425年から1446年にかけて建築した教会。「国父」コジモからトスカーナ大公コジモ三世に至るまでの、メディチ家の墓廟があることで知られる。

ファサードは、メディチ家出身の教皇レオ十世の依頼で、ミケランジェロが建築する予定であったが、手をつける前に死去してしまったため、このような状態で残っている。
この教会は、ローマ時代の市壁の外にあり、恐らく、フレンツェで最も古い教会のあった場所と考えられている。
右に写っているのは、メディチ家礼拝堂の現在の入り口で、サン・ロレンツォ教会の裏手にある。礼拝堂の中にはメディチ家代々の墓廟があり、なかでも、ミケランジェロがつくった、ウルビーノ公ロレンツォ(ロレンツォ・イル・マニーフィコの孫)とネミュール公ジュリアーノ(同ロレンツォの三男)の墓が有名。
参考文献
- Ada Macadam, Florence (Blue Guide), 6th edition 1995, London/ A&C Black Ltd., p. 160-61.
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