フィレンツェ ドゥオモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ)
Duomo of Firenze

  イタリアへの扉トスカーナ>ドゥオモ

 フィレンツェの大聖堂、サンタ・マリア・デル・フィオーレのファサード。左手前に見える建物は、サン・ジョヴァンニ洗礼堂。

 古代末期には既に、この場所に教会が位置していた(サンタ・レパラータ教会)。その後、何度か改築されて、現在立っているのは十三世紀から十五世紀にかけて建造されたもの。

 新しい大聖堂の建築を最初に依頼されたのは、アルノルフォ・ディ・カンビオ(1294年)。アルノルフォは、14世紀の初めに死去する。1331年、「羊毛業組合 Arte della Lana 」が建築のスポンサーとなり、ジョットを責任者に指名した。1334年、彼は鐘楼の建築に着手するが、教会堂そのものには手をつけなかった。1355年にフランチェスコ・タレンティが建築家に指名されて、教会堂の建築が再開する。十四世紀の間、タレンティの他、アルベルト・アルノルディ、ジョヴァンイ・ダンブロジョ、ジョヴァンニ・ディ・ラポ・ギーニ、ネリ・ディ・フィオラヴァンテ、オルカーニャらが建築に参加した。

 巨大な丸屋根(クーポラ)の建築は、技術的に大変難しいとされていたが、1418年、ブルネッレスキがコンクールで勝利して、責任者に指名され、彼がこれを成功させた。

 1436年、教皇エウゲニウス四世がこの教会を司教座教会として献堂した時には、建築はほぼ完成していたものと考えられる。

 ルネッサンス期のファサードは十六世紀に破壊され、現在のゴシック様式のものは、エミリオ・デ・ファブリスの設計により、十九世紀の後半に造られた。

参考文献

ページの最初に戻る

copyright notice