ビザンツ時代のアテネ

 ビザンツ時代のアテネは、テーベやコリントなどと比べると決して重要な都市ではなく、ビザンツ時代のモニュメントはさほど多くない。また、ビザンツ時代の建造物は、トルコの支配、独立後の破壊的な考古学調査、そしてその間に起きた数々の戦争や天災によって、すくなからぬ部分が失われてしまった。例えば、アクロポリスのパルテノンは、ビザンツ時代に教会として美しく装飾されたはずであるが、今はその面影を全くとどめていない。

五、六世紀の教会で、現在も教会として機能しているものはない。パルテノンにせよ、ヘファイステイオンにせよ、古代の神殿の姿に戻されているし、ハドリアヌスの図書館やイリッソス川の畔にあったバシリカも現在はプランやモザイクの一部しか残っていない。
七世紀から九世紀には建築活動自体ほどんど行われず、「暗黒時代」と呼ばれている。

 現在アテネとその近郊に残っているのは、右に挙げるようなモニュメントである。


<関連リンク> 
ギリシャ国立研究機関のサイト
アッティカにあるビザンツ時代のモニュメント」(英語)